核膜内膜タンパク質LBRが認識するヒストン修飾を発見
論文誌情報 | J Biol Chem 287, 42654-42663 (2012) |
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著者 | 平野泰弘(1),日詰光治(2),木村宏(1),竹安邦夫(3),原口徳子(4),平岡泰(1)
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論文タイトル | Lamin B receptor recognizes specific modifications of histone H4 in heterochromatin formation. |
PubMed | 23100253 |
研究室HP | 細胞核ダイナミクス研究室〈平岡教授〉 |
図1.細胞核内の様々な構造体。核膜の直下では、DNAはヘテロクロマチンと呼ばれる...
解説
研究の背景
我々真核生物は、約2mもの長大なDNAを直径わずか20μmの細胞核内に収納しています。DNAで混雑する細胞核内から適切な時期に必要な遺伝子を効率よく使用するため、細胞核内には様々な区画が作られ、染色体が配置されています。特に核膜(注1の直下にはヘテロクロマチンと呼ばれる転写不活性な領域があることが分かっていますが、なぜ核膜直下にヘテロクロマチンが形成されるのかは不明でした(図1)。我々の研究グループは、核膜直下におけるヘテロクロマチン形成の分子機構を明らかにするため、Pelger-Huët anomalyと呼ばれる病気の原因遺伝子で、核膜に特異的に存在するlamin B receptor(LBR)というタンパク質に注目しました。この病気では核内の染色体配置に異常が見られることが分かっていました。
研究の成果
我々はまずLBRがどのように染色体と結合するかを調べ、LBRは20番目のリジン残基がジメチル化されたヒストンH4(H4K20me2)と特異的に結合することを見出しました。ヒストンのテール領域(およそ1-40番目のアミノ酸領域)に起こる化学修飾(メチル化、アセチル化、リン酸など)は、遺伝子の転写状態と密接な関係があることが知られており、LBRは染色体の特異的な状態を認識すると考えられました。FRAP(注2や原子間力顕微鏡(注3を用いた解析から、LBRとH4K20me2の結合は、1)染色体をコンパクトに折り畳み、核膜直下でLBR-染色体が安定に結合するのに必須であること、2)遺伝子の転写を抑制するのに必須であることが分かりました。また、LBRが遺伝子の転写を抑制するためには、H4K20me2との結合だけでなく、転写抑制因子と結合することも必要であることを示しました。
以上の結果は、LBRが転写を抑制するべき染色体領域を核膜周辺に配置する働きを持つことを示すもので、核内染色体配置と転写活性を連関させる仕組みの一端を明らかにしたものです。
今後の展開
幹細胞が種々の細胞に分化する際、転写される遺伝子が大きく変化するに伴い、染色体配置も変化することが報告されており、細胞の運命決定に核膜が重要な役割を果たしているかもしれません。今後このメカニズムをさらに研究することで、細胞の分化や老化の過程に核膜を介した染色体配置がどう関わるか、明らかになることが期待されます。
用語解説
注1)核膜
細胞質と細胞核を分ける仕切りで、外膜と内膜からなる二重膜。これら脂質膜は核ラミナと呼ばれるタンパク質性の構造で裏打ちされている。
注2)FRAP
Fluorescence recovery after photoblechingの略。蛍光標識したタンパク質を発現する細胞において、小さな領域に強いレーザー光をあてることにより蛍光を消光し、その領域の蛍光の回復速度からタンパク質の拡散の速さを測定する方法。
注3)原子間力顕微鏡
非常に細い探針(カンチレバー)で試料表面をなぞり、その凹凸を画像化する顕微鏡。ナノメートル(10-9 m)オーダーの観察が可能。
図1.細胞核内の様々な構造体。核膜の直下では、DNAはヘテロクロマチンと呼ばれる構造を作って収納されている。

図2.LBRによるヘテロクロマチン形成のモデル図。LBRは染色体の特異的な領域(H4K20me2で標識されたクロマチン)を認識して結合し、核膜直下のヘテロクロマチン形成を行う。
