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目線を変えて解決へ。複雑に見える電子の状態を単純化
- 近藤効果とトポロジーの共存を明確に -

論文誌情報 Nat Commun 10, 2298 (2019)
著者 大坪嘉之(1),山下雄紀(1),萩原健太(1),出田真一郎(2),田中清尚(2),湯川龍(3),堀場弘司(3),組頭広志(3,4),宮本幸治(5),奥田太一(5),伊賀文俊(6),木村真一(1)
  1. 大阪大学
  2. 分子科学研究所
  3. 高エネルギー加速器研究機構
  4. 東北大学
  5. 広島大学
  6. 茨城大学
論文タイトル Non-trivial surface states of samarium hexaboride at the (111) surface
PubMed 31127112
研究室HP 光物性研究室〈木村教授〉

本研究成果のポイント

  • 電子間の強い多体効果(強相関)である近藤効果※1によって半導体※2となる近藤絶縁体※3の6ホウ化サマリウムSmB6が、トポロジカル絶縁体※4と同様な表面金属状態を持つトポロジカル近藤絶縁体(TKI)※5であるか否かについて、長年続いていた論争を大きく進展させ得る重要な証拠が得られた。
  • 複雑で解釈が混乱していたSmB6結晶表面の電子状態について、別の方位から観測することによって大幅に単純化して観測することに成功。
  • 電子状態対称性の「ねじれ(トポロジー)」と電子多体相互作用の協奏による新たな電子物性の発現への一歩。

要旨

大阪大学大学院生命機能研究科・理学研究科の大坪嘉之助教、木村真一教授、自然科学研究機構分子科学研究所の田中清尚准教授、東北大・高エネルギー加速器研究機構の組頭広志教授、広島大学放射光科学研究センターの奥田太一教授、茨城大学の伊賀文俊教授らの研究グループは、電子間の強い多体効果(強相関)の1つである近藤効果によって半導体になる6硼化サマリウムSmB6の単結晶において、これまでとは別の結晶方位の表面電子状態とその電子スピン構造を観測し、長く議論されてきた表面金属状態の起源がトポロジカル絶縁体のものと同じであることを明確に示しました。この研究は、強相関とトポロジカル物性の協奏の理解を大きく助けるばかりでなく、新たな量子材料として、次世代半導体素子におけるスピントロニクス技術などの応用に役立つと考えられます。

解説

研究の背景

パズルに熱中している時は、一度立ち上がって少し歩き回ってみると嘘のように簡単に解けてしまうことがあります。将棋のプロ棋士であっても、盤の反対側から局面を見直すと良い手が浮かぶことがあるそうです。図1のように、扇は正面から見ないと扇であることはわかりません。このように、私たちの身の回りでは、目線を変えることが有効になる場合が多くあります。この解決策は物理学の現場においても非常に有効です。

...

図1.
扇を正面から(左)および横から(右)見た様子。見る方位により、得られる情報は大きく異なる。

結晶の表面は、結晶内部(バルク)で周期的に並んでいる原子構造が終わる所であり、原子の無い真空との界面でもあります。このようにバルクの周期性が終わる結晶表面には、様々な特異な原子構造や電子物性が現れることが知られています。中でも近年盛んに研究が行われている試料の1つがSmB6です。SmB6は、近藤効果と呼ばれている電子間の多体効果により、バルクでは半導体となる物質群の1つで、「近藤絶縁体」と呼ばれています。しかしながら、その表面は金属的な性質を持っており、その原因が長い間わかりませんでした。一方で、最近になって、半導体のなかには電子状態の対称性にある種の「ねじれ」を持ち、その影響によって結晶端(表面)に特異な電子スピン構造を持つトポロジカル絶縁体(TI)と呼ばれる物質群があることが知られてきました。SmB6の金属的な表面電子状態も同じ原因なのではないかと予想され、SmB6がTIであるか否かについて、近年多くの研究が行われました。ところが、これまでに行われた実験のほとんどが複雑な表面電子構造が現れる同じ方向の結晶面※6を用いており、そのため、本当にSmB6の表面に現れる金属状態の起源がTIなのか否かについて議論が紛糾し、明確な結論は得られていませんでした。

本研究では、SmB6表面金属状態を別の方向から観測することでこの議論に一石を投じることができるのではないかと思い立ち、単結晶の別な方向の結晶面について原子レベルで平坦かつ不純物の無い清浄表面を作製し、これまでとは違った目線で電子状態を観測することを行いました。


本研究の内容

本研究では、結晶劈開ができないためにこれまで得られていなかった斜めの面[(111)方位]のSmB6単結晶清浄面(図2(a))について、原子レベルで研磨した後に超高真空中で1400℃以上に加熱することで作製しました。この表面原子構造は電子回折実験により、平坦かつ清浄な表面構造が作製できていることが確かめられました。さらに、得られた(111)面の電子状態を角度分解光電子分光(ARPES)※7により観測し、その電子スピン構造はスピン分解ARPES※8により調査しました。

図2(b)に示したのがARPES測定により得られた金属的な電子構造で、伝導電子の動く方向と運動量(速度)を表しています。色の明るい部分に電子が多く存在(「フェルミ面」と呼ばれている)しており、結晶表面の周期性を反映した六角形の境界の頂点で互いに接するような単純な楕円形リングの花弁のような構造をしていることが明らかになりました。

...

図2.
(a)SmB6の原子構造。影付き部分が今回作成した表面方位(111)を表す。(b)角度分解光電子分光の測定結果。SmB6表面電子状態により作られたフェルミ面形状を表す。色の明るいところに電子状態が存在する(破線はフェルミ面形状のガイド)。実線は結晶表面の周期を反映している。

今回の測定条件ではSmB6のバルクには伝導電子は存在しませんので、得られたフェルミ面はバルク以外、つまり表面由来であることがわかります。さらに、今回の(111)表面では、表面電子状態の作るフェルミ面は1種類の楕円形だけによる単純な構造であることも容易に見て取れます。このフェルミ面上にいる電子のスピンの向きをスピン分解ARPESで観測したところ、丁度楕円の接線方向を向くような渦巻き型の構造を取ることもわかりました。これらの特徴は、SmB6がTIである場合に予測されていた表面電子状態の振る舞いと一致します。

以上のように、これまで観測されていたものとは違った方向からSmB6の表面電子構造を観測することで、単純かつ理論との比較が容易な表面電子状態を発見することができました。この結果は、SmB6が近藤効果とトポロジーが共存した物質(トポロジカル近藤絶縁体)であることを強く支持します。


本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

近藤効果の理論提案から55年、TIの予言から14年の間、これらの物性のかなりの部分は理解されてきました。本研究は、これら2つの異なる物性が組み合わされた場合にどのような状態が実現するかについて明確に示したものであり、これまで理解が不十分だったTIと強い電子相関の関係についての研究を大きく進展させることができると考えられます。その発展として、この新しい量子材料を基盤とし、その上にnmサイズの金属薄膜や細線構造を作製することで、例えば次世代の半導体素子におけるスピントロニクス素子の実現や、スピン伝導過程での電子相関効果の理解と制御など、これまで予測すら困難であった新しい機能性の発現にも繋がるものと考えられ、今後の研究の発展が期待されます。


用語解説
  1. 近藤効果
    純粋な金属は、温度を下げていくとその電気抵抗も減少するが、金属中に非常に低い濃度の磁性を持った不純物(鉄やニッケルなど)が存在する場合、ある温度以下で電気抵抗が温度の低下に対し増加する現象が見られる。この現象は古くから知られていたが、その物理的機構を1964年に近藤淳博士が初めて理論的に解明したことから、この名前が付けられている。
  2. 半導体
    電子の詰まっている状態(価電子帯)と空席のある状態(伝導帯)の間に有限のエネルギー差(バンドギャップ)が存在する物質。そのため、バンドギャップを越えるような励起の無い状況では電流を流さない。
  3. 近藤絶縁体
    高温相では金属だが、低温で近藤効果※1によりバンドギャップが形成されて絶縁体へと転移する物質の総称。SmB6のほかにYbB12、CeNiSnなどがある。
  4. トポロジカル絶縁体(TI)
    特殊な半導体1種。電子状態の対称性にある種の「ねじれ」が生じており、その影響によって結晶端(表面)に特異な電子スピン構造を持つ電子状態(トポロジカル表面金属状態:TSS)が現れる。
  5. トポロジカル近藤絶縁体(TKI)
    近藤絶縁体であるが、伝導帯及び価電子帯を構成する電子の対称性が通常の絶縁体とは反転しており、同時にTIになっている物質。結晶表面には必ずTSSを持つために電気伝導性があり、しかもその性質が電子相関により保持されることから、様々な特異な物理現象が理論的に予測されている。
  6. 結晶面
    結晶表面の電子状態を研究するためには、ある一定の方向に沿って結晶を切断した単一表面を準備する必要がある(そうでないと、複数の情報が入り混じってしまい、解析は大変困難になってしまう)。面方位は結晶単位格子に基づいてベクトルの形で定義される。例えばSmB6結晶の場合、図2(a)の単位格子において立方体の1辺に平行な(001)面や、今回研究対象とした斜め方向の(111)面等が指定できる。
  7. 角度分解光電子分光(ARPES)
    固体に光を当てて、飛び出てくる電子の角度とエネルギーを観測することにより、固体内電子の運動量と束縛エネルギーを観測する手法。固体における電子の状態を調べるための手法として近年盛んに用いられ、分解能や感度などの性能が日進月歩で進歩している。
  8. スピン分解ARPES
    ARPESにより取り出した電子について、さらにそのスピン偏極度についても磁性体ターゲット等を用いたスピン偏極計で同時に測定する技術。

特記事項

この研究は、科学研究費補助金挑戦的研究(萌芽、課題番号17K18757)、基盤研究B(15H03676)、基盤研究A(23244066)の補助を受け、自然科学研究機構・分子科学研究所・UVSOR施設利用(課題番号29-553及び30-577)、高エネルギー加速器研究機構・物質構造科学研究所・放射光共同利用(2015G540, 2017G537)、広島大学放射光科学センター・共同利用(17AG017)により行われました。

本件に関する問い合わせ先

  • 大坪 嘉之(おおつぼ よしゆき)
    大阪大学 大学院生命機能研究科 光物性研究室 助教
    TEL:06-6879-4600, 4604
    FAX:06-6879-4601
    E-mail:y_oh(a)fbs.osaka-u.ac.jp
    (送信時には(a)を@に変えてください)
  • 木村 真一(きむら しんいち)
    大阪大学 大学院生命機能研究科 光物性研究室 教授
    TEL:06-6879-4600, 4604
    FAX:06-6879-4601
    E-mail:kimura(a)fbs.osaka-u.ac.jp
    (送信時には(a)を@に変えてください)