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立体視力の個人差に対応した神経線維束を解明
- 立体視力機能の改善に期待 -

論文誌情報 Proc Natl Acad Sci USA, in press (2018)
著者 大石浩輝(1,2),竹村浩昌(1,2),青木俊太郎(2),藤田一郎(1,2),天野薫(1,2)
  1. 情報通信研究機構脳情報通信融合研究センター
  2. 大阪大学大学院生命機能研究科
論文タイトル Microstructural properties of the vertical occipital fasciculus explain the variability in human stereoacuity
PubMed 30429321
研究室HP 認知脳科学研究室〈藤田教授〉

本研究成果のポイント

  • 最新のMRI技術を組み合わせることで、ヒトの立体視力の個人差に関する神経基盤を解明
  • 立体視力の高い参加者と低い参加者の間で違いが見られる神経線維束を解明
  • 弱視などのメカニズムや立体視に関わる視覚障がいの解明に期待

要旨

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長:徳田英幸) 脳情報通信融合研究センター(CiNet)と国立大学法人大阪大学(大阪大学、総長:西尾章治郎)は、ヒトの立体視力※1の個人差に対応した神経線維束※2を明らかにしました。

私たちの立体視は、両眼から入力された視覚情報が脳で処理されることによって実現しています。しかし、ヒトの立体視力に大きな個人差があり、その原因は明らかになっていませんでした。今回、NICT CiNet(竹村浩昌テニュアトラック研究員、天野薫主任研究員)と大阪大学大学院生命機能研究科(藤田一郎教授ら)の研究グループは、最新のMRI計測を用いて、両眼を使った立体視が得意な実験参加者と不得意な実験参加者の間で、神経組織密度に違いが見られる神経線維束を発見しました。この成果は、将来、弱視など立体視と関わる視覚障がいの解明や立体視力の個人差を考慮した映像提示技術の開発などに貢献することが期待されます。

なお、本研究成果は、日本時間2018年11月15日(木)に、国際的科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン速報版で公開されました。

解説

研究の背景

NICT CiNetでは、大阪大学と連携して、脳に学ぶ新たな情報通信技術の確立を目指し、脳科学と情報通信技術とを融合した研究開発を推進しています。

私たちは日常生活において、視覚世界の奥行きを知覚して物体の位置を把握しています。このような奥行きの知覚、立体視は、自動車の運転やスポーツなどあらゆる場面で重要な視覚認知機能の一つです。これまでの研究では、私たちの立体視は両眼が受け取る視覚情報の違いを手掛かりとして、脳が視覚情報を処理することによって成り立っているということが分かってきました。両眼を使った立体視研究の知見は、バーチャルリアリティ技術などにおいても、臨場感の生成に広く用いられています。

一方で、私たちヒトの立体視力には大きな個人差があることが知られています。健常成人の中でも、細かな奥行きを知覚できる人もいれば、大きな奥行きでないと知覚できない人もいます。こうした個人差は、何らかの脳の違いに起因すると考えられますが、これまで脳を傷つけることなく定量的に調べる方法が限られていたため、立体視力の個人差がなぜ見られるかは分かっていませんでした。

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図1.ヒトの線維束の例


本研究の成果

今回の研究では、立体視力の個人差を説明する神経基盤として、脳の離れた場所同士を結ぶ線維束に着目しました。研究チームでは、MRIを用いて、視覚処理に関わる脳の場所同士を結ぶ線維束の構造の違いが、立体視力の個人差と関係するのではないかという仮説を検証しました。

まず、拡散強調MRI※3という手法で得られたMRI画像を分析することで、視覚処理に関わる線維束の位置を求めました。次に、定量的MRI※4という手法で、線維束の神経組織密度を計測しました。さらに、MRI実験に参加した実験参加者の立体視力を、心理実験によって調べました(用語解説1参照)。

線維束の神経組織密度と立体視力の関係を分析した結果、立体視力の高い参加者は、低い参加者と比べて、右半球(大脳右側)のVertical Occipital Fasciculus(VOF)※5と呼ばれる線維束の神経組織密度が高いことが明らかになりました(図2右参照)。さらにfMRI※6実験によって、VOFが大脳皮質上の奥行情報に反応する領域をつないでいることが示されました。また、VOFは、両眼の情報統合を必要としないコントラストの低い画像を区別する課題の成績とは関係しないことも確認しました。これらの結果は、VOFを介した視覚野の領域同士の連絡の仕方の違いによって、ヒトの立体視力の違いが見られる可能性を示唆します。


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図2左.拡散強調MRIによって計測されたVOF(青線)の例
脳の後側にある視覚野の背側と腹側を連絡している。
図2右.VOFの神経組織密度(縦軸)と立体視力成績の関係
立体視力高成績群と低成績群の間に統計的に有意な差が見られた。太線:群内の平均値、点線:標準誤差


本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

過去に行われた調査研究により、約3割のヒトが両眼を使った立体視が不得意であることが分かっています。今後、VOFと立体視力の関わりを更に詳しく調べることで、弱視などにおける立体視力機能の改善に役立てる知見が得られることが期待できます。

また、立体視力の個人差を脳データから評価する研究技術開発を進めることで、個人の認知特性の違いを考慮した映像提示技術の開発などにつながることも期待できます。


用語解説
  1. 立体視力

    両眼に入力される視覚情報を基に、奥行きを知覚する機能のこと。物体を見る際に、左眼と右眼にはそれぞれ物体の像が異なる場所に投影される。これまでの研究で、脳の視覚野で左眼と右眼の間の像のずれを手掛かりとした情報処理が行われることで、立体視が成立しているということが分かっている。しかし、両眼間の像のずれを手掛かりに奥行きを見る能力(立体視力)には大きな個人差があることが分かっている。

    今回の研究ではMRIを用いた脳計測に加えて、実験参加者の立体視力を計測するため、図3に示すような心理実験を行った。実験では、両眼の像の違いが検出できれば、図形の中心部分が周辺より手前か又は奥に見える図形を呈示した。実験参加者は、図形の中心部分が手前に見えたか、奥に見えたかを回答することが求められた。この実験に基づき、各実験参加者がどのくらい大きな両眼の像の違いであれば検出できるのかを調べ、立体視力を求めた。


    ...

    図3.立体視力成績計測の模式図


    実験の結果、図4に示すとおり、小さな両眼間の図形のずれでも奥行きを検出できる実験参加者(左: 立体視力の高い参加者)と、大きなずれでないと検出できない実験参加者(右: 立体視力の低い参加者)が見られた。この個人差とMRIにより計測された脳データの関係を検証した結果、立体視力成績と右半球VOFとの間に関係性が見られることが分かった。


    ...

    図4.立体視力成績の例


  2. 線維束(せんいそく)

    ヒトの脳の中で、軸索と呼ばれる神経細胞同士を結ぶケーブルが集まって束になっている構造のことを指す。脳の中では「白質」と呼ばれる領域が線維束から成り立っている。


    ...

    図5.拡散強調MRI※3によって計測された線維束の例(再掲)


  3. 拡散強調MRI

    生きているヒトの脳から線維束の向きや位置を見つけるときに使われる実験方法。MRI装置を使って、脳を傷つけることなく計測することができる。

    拡散強調MRIでは、脳の中にある水の分子の動きに関する情報を測ることができる。線維束の中では、水の分子は線維束と平行な方向に動きやすいことが分かっている。このため、拡散強調MRIを使って水の分子が動く方向を測ることができれば、線維束の向きについて知ることができる。

    ...

    図6左.ヒトの脳から計測された拡散強調MRIデータの例
    各ボクセル(MRI計測の最小単位)において水分子が動きやすい方位を表し、この向きが大まかに線維束の向きと一致することが知られている。このデータを分析することで、線維束の位置や形状を推定できる(橙線)。
    図6右.トラクトグラフィーの例
    拡散方位情報を基に各ボクセルをつなぎ合わせる。

  4. 定量的MRI

    通常MRIを用いて脳の構造を図ると、画像の値にムラが生じることが分かっている。定量的MRIでは、複数の条件でのMRIデータを組み合わせた分析を行い画像のムラを補正することで、神経組織の密度を定量的に測定することができる。


  5. ...

    図7.ヒトの脳から計測された定量的MRIデータの例


  6. Vertical Occipital Fasciculus(VOF)

    ヒトの脳の後頭葉にある線維束。後頭葉視覚野の上側(背側)と下側(腹側)を連絡している。背側の視覚野は空間情報、腹側の視覚野は物体認識に関わる情報処理をそれぞれ行っていると考えられており、立体視には両方の情報処理が重要である。近年、拡散強調MRIを用いた研究によって再発見され、VOFと生きているヒトの視覚機能の関係を検証することができるようになった。

  7. fMRI(機能的磁気共鳴画像法)

    脳の酸素化ヘモグロビンの変化を画像化する技術。酸素化ヘモグロビンが増えている部位を見ることにより、脳内の活動部位を検出できる。

特記事項

  • 共同研究グループ
    • NICT CiNet
      竹村 浩昌(テニュアトラック研究員),天野 薫(主任研究員)
    • 大阪大学大学院生命機能研究科
      大石 浩輝(大学院博士課程),青木 俊太郎(大学院博士課程),藤田 一郎(教授)
  • 研究支援
    • 本研究の一部は、総務省委託研究「次世代人工知能技術の研究開発」の支援を受けています。

本件に関する問い合わせ先

  • 研究に関すること
    • 国立研究開発法人情報通信研究機構
      脳情報通信融合研究センター 脳機能解析研究室
      竹村 浩昌
      Tel:080-9098-3285
      E-mail:htakemur(a)nict.go.jp
      (送信時には(a)を@に変えてください)
    • 国立大学法人大阪大学
      大学院生命機能研究科
      藤田 一郎
      Tel:06-6879-4439
      E-mail:fujita(a)fbs.osaka-u.ac.jp
      (送信時には(a)を@に変えてください)
  • 報道に関すること
    • 国立研究開発法人情報通信研究機構
      広報部 報道室
      廣田 幸子
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    • 国立大学法人大阪大学
      大学院生命機能研究科 庶務係
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