GCOE外国人研究者等セミナー

早野泰史(脳神経工学講座 細胞分子神経生物学研究室(山本研究室)

演題 In vivo studies of dendritic spine plasticity and pathology
演者 Dr. Wen-biao Gan
(New York University School of Medicine)
日時

2009年 9月14日(月) 15:00-16:00

場所 吹田キャンパス ナノバイオロジー棟 3Fセミナー室






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報告

シナプス形態の動的な変化を明らかにすることは脳神経回路の発達及びその可塑性を研究する上で非常に重要であると考えられる。哺乳類の脳神経回路において、後シナプス部位に存在する樹上突起のスパインは生後の発達期において急速に集積し、成熟が進むにつれて徐々に減少していくことが知られている。最近の研究からスパインの個数や大きさは非常に多くの種類の遺伝子発現や環境要因によって制御されており、スパインの形態変化が脳神経回路形成に重要な役割を担っていることが示唆されている。
Gan博士らは大脳皮質5層の錐体神経細胞のみが蛍光タンパク質YFPを発現するようなトランスジェニックマウスと二光子顕微鏡による経頭蓋観察を組み合わせることで、in vivoでの樹上突起スパインの動態変化の安定性および経験入力の役割を明らかにすることを目指した。博士らはまず通常時のスパインの可塑性および安定性に着目し、大脳皮質表層へ投射する5層錐体細胞のapical dendrite上のスパインの経時的な変化を長期間観察した。その結果、ほとんどの大脳皮質の領域でapical dendrtiteのスパインはあまり変化せず、4ヶ月間でわずか5%のスパインが付加もしくは除去されるのみと非常に安定していることが分かった。次に博士らは経験入力などの外部要因が、観察されたスパインの動態にどのような影響を及ぼすのかどうかについて、新規トレーニングの前後で樹上突起スパインの変化について調べた。その結果、わずか2日間のトレーニングによって15%ものスパインが新生されることが分かった。しかし、そのまま同じ種類のトレーニングを続けてもスパインが新生されるわけではなく、常に新しいトレーニング(=経験)がスパイン新生に必要であることが分かった。そして新生されたスパインの大部分は1週間以上維持されており、繰り返しトレーニングをおこなうとよりスパインが安定していることも示された。また、トレーニングによって生み出された新たなスパインの個数と運動パフォーマンスとの間に相関が見られたことから、スパインの新生が機能的な脳神経回路の構築に重要である可能性が示された。トレーニングによって付加されたスパインの内、6ヶ月以上維持され続けるものはわずかに5%ほどであったが、博士らはこの新生スパインの安定が生涯にわたる記憶の獲得に繋がっているのかもしれないと述べていた。一方で博士らは経験入力によってスパインの除去が引き起こされる実験結果も紹介し、付加と同様にスパインの除去もまた機能的な神経回路の構築に重要である可能性を示唆した。以上の結果から、大脳皮質5層錐体細胞のapical dendriteにおいて大部分の樹状突起スパインは一生を通して安定に存在しており、経験によるスパインの変化は非常に限られたものであることが分かった。しかし、経験入力によって付加・除去されたスパインの一部が一生を通じて維持されることで我々の神経回路が修飾され、神経回路がより機能的になっていく可能性が示唆された。
さらに博士らは樹状突起スパインの動態と神経変性疾患との因果関係を明らかにする最近の研究についても紹介された。FXS(脆弱X症候群)の原因遺伝子Fmr1欠損マウスと前述のYFPノックインマウスを掛け合わせ、その樹状突起スパインをin vivoで観察したところ、Fmr1欠損マウスのスパインは野生型に比べて安定性が低く、付加もしくは除去される頻度が高いことを明らかにした。博士らはこのような樹状突起スパインの安定性がFXS以外の神経変性疾患にも重要ではないかと考察していた。
Gan博士らの研究は技術的なブレークスルーによってこれまで不明だった現象を観察し、新たなメカニズムの存在を示唆する好例であると感じた。博士らの開発した手法の発展的余地の大きさを考えると、既存の枠にとらわれずに実験系の構築に取り組むことの重要性を痛感した。



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