GCOE外国人研究者等セミナー

川本 晃大(ナノ生体科学講座 プロトニックナノマシン研究室(難波研究室))

演題 Rotation and Switching of the Flagellar Motor of Escherichia coli: Insights from Structure
演者 Prof. David Blair
(Department of Biology, University of Utah)
日時

2009年 9月10日(木) 16:00-17:00

場所 吹田キャンパス ナノバイオロジー棟 3Fセミナー室






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報告

大腸菌やサルモネラ菌等の細菌は、菌体の周囲に存在するべん毛と呼ばれる運動器官を利用し、直線的な泳ぎと瞬時の方向転換を繰り返しながら、自身の最適な環境へと遊泳を行っている。細菌べん毛の細胞膜内には、自由な遊泳を可能にする精巧なモーターが備わっており、細胞膜を隔てて形成されるプロトンやナトリウムイオンの電気化学ポテンシャル差を利用してトルクを発生し回転する。その回転方向は、リン酸化された応答制御因子タンパク質CheYが回転子の回転方向制御部位に結合することで、通常の反時計方向から時計方向に切り替わる頻度が増えることが知られているが、その詳細なメカニズムは解明されていない。また、トルク発生のエネルギー供給源であるイオンチャネルとしても働く固定子と回転子との相互作用によるトルク発生機構についても、その詳細は解明されていない。本セミナーの講演者としてお話を聞かせていただいたDavid F. Blair博士は、べん毛モーターのトルク発生機構や回転方向制御機構について、構造生物学や生化学的な手法を用いて研究をされている。今回のセミナーでは、X線構造解析法で得られた好熱菌Thermotoga maritimaの回転子構成タンパク質の立体構造と、モータータンパク質にCys置換残基を導入し架橋構造を形成することで明らかとなった、モーターの立体構造とその意義について解説していただいた。

 回転子のうち、細胞質側にあるCリングはFliG、FliM、FliNの3種類のタンパク質で構成され、直径約45 nmである。博士のグループとその共同研究者による各タンパク質の立体構造解析により、リング上での各タンパク質が取りうる位置や形状が同定された。リング上部からFliG、FliM、FliNの順に配置され、各タンパク質で特定の機能を持っている。中でもFliGは、固定子構成タンパク質の一つであるMotAとの相互作用が示されており、トルク発生に関与する重要なタンパク質である。FliGのC端側2/3は2つの球状ドメインを1本のα-ヘリックスが結ぶような形状をしており、α-ヘリックスの根元に2つのGly残基が存在することから、2つの球状ドメインがフレキシブルに動く可能性が示された。また、domainⅠのEHPQR motifとdomainⅡの疎水性表面が、回転方向制御に関与するFliMとの結合に重要であることが示された。その結果、回転方向の制御機構が、FliMとの結合と2つの球状ドメインのフレキシブルな構造変化が連動することで引き起こされている可能性を示した。以前からの生化学的手法によって示されていたMotAとの相互作用についても、domainⅡ頂上部の突出した部位に沿って電荷を帯びた残基が集中しており、MotAにも存在する同様な箇所との相互作用が考えられている。
 FliMは、リン酸化CheYとの結合によってモーターの回転方向を制御することが知られているが、脱リン酸化酵素であるCheC、CheXと配列類似性が低いにもかかわらず、構造的特徴が類似していることが新たに明らかとなった。また、FliMのCリング形成に重要なα-ヘリックスがCheCでのCheYの脱リン酸化活性部位に対応していることが示された。このことは、FliMによって形成されるCリング構造が回転方向によって変化することを示唆した。
 Cリングの最下部に位置するFliNは、Cys置換残基を導入することで安定な4量体構造を形成することが示された。この結果は、沈降平衡法によって得られたFliMとFliNが1 : 4の割合で安定な構造を形成する結果を裏付けるものである。また、極低温電子顕微鏡で得られた回転子の構造に、FliNの4量体リング構造が当てはまることから、この4量体がCリングの構成単位であるらしい。しかしながら、その向きについては、FliMとの結合部位が特定されていないため、詳細は明らかでない。
 大腸菌やサルモネラ菌の固定子は、MotA、MotBという2種類の膜タンパク質がそれぞれ4分子と2分子で複合体を形成し、トルク発生装置として機能する。また、MotA、MotBはそれぞれ4回と1回の膜貫通領域を持つ。博士のグループは、MotAの4回膜貫通領域の特定残基にCys置換残基を導入し、安定な架橋構造が形成される残基ペアを解析することで、膜貫通ヘリックスの配置モデルを構築した。しかしながら、固定子の立体構造についてはペプチドグリカン結合部位を持つMotBのC末領域しか解けておらず、今後の詳細な構造解析が期待されている。
 べん毛モーターに関連するタンパク質の立体構造が次々と明らかとなり、トルク発生や回転方向制御の機構の詳細な解明に近づきつつあることを感じさせるセミナーであった。しかしながら、上記のように多くのタンパク質が複雑に相互作用することで発生する機構においては、個々のタンパク質による解析だけでは限界があることも事実である。今後は、各タンパク質が結合状態にある複合体等の詳細な解析が期待される。



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