GCOE外国人研究者等セミナー
川本 晃大(ナノ生体科学講座 プロトニックナノマシン研究室 (難波研究室))
演題 |
Electron cryotomography |
演者 |
Grant Jensen
(Assistant Professor, California Institute of Technology, USA)
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日時 |
2007年 9月14日 (金) 16:00-17:00 |
場所 |
ナノバイオロジー棟 3階セミナー室 |
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報告
Electron
cryotomography(ECT)は、試料を固定、染色せずに急速凍結することで、試料本来の構造を維持したまま立体構造を解析する技術である。そ
のため、単離することが困難なタンパク質複合体や細胞内の微小構造を解析する上で非常に優れており、電子顕微鏡の解析技術の1つとして現在注目を浴びてい
る。今回来日した
Grant Jensen 博士には、上記のECTを用いて解き明かした、原核生物や細菌の超分子構造について解説していただいた。
原核生物や細菌の特徴的な形状がどのようにして維持されているのか、いまだ謎の部分が多い。この疑問に一石を投じるものとして2005年に、ECTを用
いて原核生物内にアクチンの相同性タンパク質MreBで出来た細胞骨格繊維が存在することが発表された。この事実は、細胞骨格繊維の完全な欠損が原核生物
を区別する特徴の一つであるという考え方を覆すものであり、非常に重要な研究である。この事実を裏付けるような形で、博士らのグループによって、走磁性細
菌内のMagnetosome近傍において、アクチンの相同性タンパク質MamKで形成された細胞骨格繊維が存在することを示された。
Magnetosomeは、ある種の細菌の細胞内に見られる微小な磁性粒子の配列で、各磁性粒子は磁鉄鉱でできており、小胞体膜に内包されているものと推
側されていたが、ECTを用いた細胞の立体構造解析によって、細菌の原形質膜から変形した陥入であるという証拠も示された。また、Magnetosome
はMamKの作用によって細胞内に1列に整列し、細胞内で組織化されていることが確認された。細胞小器官がほとんど無いと思われてきた細菌と、細胞小器官
に富む真核生物とに、実はさほど違いが無いことを示す重要な成果である。
さらに博士らのグループは、ECTを用いてスピロヘータ菌の立体構造を解析し、その膜に埋め込まれたべん毛モーターとペリプラズム中に伸びたべん毛繊維
の可視化に成功した。双方向に回転し走化性シグナルに応じて方向を変えるべん毛モーターの、回転子と固定子からなる機能状態の立体像を7nmの分解能で得
ることに成功している。8個の細胞の再構成立体像の中から16個のモーター像を抽出し、向きをそろえて平均化することで解像度を上げ、固定子が16回対称
であることや、回転子、Cリング、Pリングなどに直接結合していることが示された。また、細胞から単離されて構造解析がされているサルモネラ菌べん毛モー
ターに比べてモーターが異常に大きいことから、トルクを増幅させる機構が示唆され、重要な相互作用がCリング上で起こるというモデルが支持された。
原核生物や鞭毛モーターよりもさらに微小な物質である、immature
HIV-1のGagタンパク質CAとSP1の構造、大腸菌のピルビン酸脱水素酵素複合体および2-ケトグルタル酸脱水素酵素複合体の4次構造についても、
ECTを用いることで解析可能であることを示した。博士らのグループは、HIV-1の粒子の表面に配列したGagタンパク質CAとSP1の複合体構造を平
均化することにより高分解能の構造を導き、それぞれのCAの6量体構造を6本のSP1へリックスの束によって安定化させているモデルを導いた。このモデル
は、SP1スペーサーがGagタンパク質格子の組み立てにおいてなぜ必要不可欠なのか、SP1とCAとの間の溝が、HIV-1の構造的な成熟を引き起こす
制御機構としてどのように作用しているのかを示唆するものである。2種類の複合体の4次構造解析においても博士らのグループは二つの重要な結果を導いた。
一つ目は、3つの酵素タンパク質(E1,E2,E3)で構成されるピルビン酸脱水素酵素複合体および2-ケトグルタル酸脱水素酵素複合体のうち、E1と
E3酵素が、E2酵素核から11nm離れたところで柔軟に結びついていることを解明したこと。二つ目は、ECTを用いて4次構造を明らかにした点と、分子
量80kDa程度の非常に小さな分子の相対位置が視覚的に確認できる分解能で、タンパク質複合体の個々の構造を解明したことである。Tomography
の性質上、一つの試料に電子線を当て続けるため、分解能を高めるために十分な電子線を当てられないのにも係らず、解析に十分な分解能が得ることができ、今
後のECTの可能性を感じさせるものであった。
今回のセミナーでは、原核生物、細菌、ウィルスなどの比較的自然状態のままでの構造解析が望ましいものにおいて、さらには膜内に内在する膜タンパク質の
構造解析において、ECTが非常に強力な"ツール"として今後活躍するであろうことが示された。電子顕微鏡の他の解析方法に比べ分解能が低いという課題が
残されているが、逆を言えば技術的に進歩する可能性があるという意味で、今後の発展に大いに期待したい。
Referrence
[1] Jensen, G.J. and Briegel, A. (2007)
Curr. Opin. Struct. Biol.17, 260-267
[2] Murphy, G.E. and Jensen, G.J. (2005)
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[3] Wright, E.R., Schooler, J.B., Ding, H.J., Kieffer, C., Sundquist, W.I., and Jensen, G.J. (2007)
EMBO J. 26,
2218-2226
[4] Murphy, G.E., Leadbetter J.R., and Jensen, G.J. (2006)
Nature. 442, 1062-1064
[5] Komeili, A., Li, Z., Newman, D.K., and Jensen, G.J. (2006)
Science. 311, 242-245
[6] Ku¨mer, J., Frangakis, A.S., and Baumeister, W. (2005)
Science. 307, 436-438
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