COE外国人研究者等セミナー レポート

 

大木 啓央(細胞ネットワーク講座 染色体複製研究室(杉野研究室))  

演題:Idling by DNA polymeraseδ participates in DNA nick maintenance and chromosome stability
演者:Peter M.J. Burgers (Washington University School of Medicine, St.Louis,MO・Professor)
日時:2005年11月18日 (金) 14:00-15:30
場所:大阪大学大学院生命機能研究科 ANNEX2階セミナー室

 生物の遺伝情報であるDNAはDNAポリメラーゼと呼ばれる酵素によって鋳型DNAを元にして合成される。DNAポリメラーゼは5’→3’の方向にしかDNAを合成することができないが、複製起点で形成された複製フォークは両方向に進行するため、一方のDNA (リーディング鎖) は連続的に合成されるのに対して、他方のDNA (ラギング鎖) は不連続的に合成されなければならない。ラギング鎖上のDNA合成は短いRNAプライマーとそれに続いて合成されるDNAからなる岡崎フラグメントが複製フォークの進行とは逆方向に次々と合成され、前方の岡崎フラグメントで合成されたRNAプライマーが後方の岡崎フラグメントの進行とともに分解されながら、DNAに置き換えられ、最終的にDNAリガーゼ (Ligase) によって隣り合う2つの岡崎フラグメントが繋げられていくことによって完了すると考えられている。原核生物ではDNA複製に必須なDNAポリメラーゼが1つであるのに対して、真核生物では3つのDNAポリメラーゼ (α、δ、ε) が必要であった。これらの事実を説明するために、当研究室の杉野教授は遺伝学的、生化学的実験結果から、PolαとPolδがラギング鎖を、Polεがリーディング鎖を合成しているという3ポリメラーゼ説を10年以上前から提唱しているが、未だに著名な研究者の総説においてもそれとは異なる記載が見受けられ、3ポリメラーゼ説は未だ定着するに至っていない。
 Burgers教授は主に出芽酵母を用いてDNA複製に関わっている因子の遺伝学的、生化学的解析を長年に渡って行われてきた方で、今回のセミナーでは精製した様々なタンパク質と基質DNAを組み合わせて、岡崎フラグメントの成熟過程における反応をin vitroで再現し、得られた結果から推察されるポリメラーゼδとεの機能的差異について話された。Burgers教授はまずDNAポリメラーゼ研究の歴史的な話をされた。それらを要約すると下記の通りである。

1、SV40ウイルスを用いた試験管内DNA複製にはPolα、Polδが必要でPolεは必要ではないが、細胞内でのDNA複製にはPolεも必要であること。
2、試験管内DNA合成において、Polδが高い連続合成活性を示すには、補助因子PCNAが必要で、PolεはPCNA非存在下でも高い連続合成活性を示すこと。
3、PolδとPolεエキソヌクレアーゼ活性が関与しているDNA鎖の校正が反対であること。
4、PolεのDNA合成ドメインを欠失させた変異株は生育可能であるが様々な欠損があり、正常ではないこと。
5、Polδは、プライマーゼ活性を保持し、ラギング鎖の合成に関与していることを疑う余地のないPolαや、岡崎フラグメント中のRNAプライマーを除去する活性を持ったFen1と遺伝学的に相互作用するのに対して、Polεはそれらとは遺伝学的に相互作用しないこと。

これらのことを説明された上でBurgers教授は、下記のデータを示された。

1、岡崎フラグメントの連結部分を模した鋳型DNAにPolδを加えると、2つのフラグメントの連結部分のDNAが開裂されて、2あるいは3残基のDNAが合成されるが、エキソヌクレアーゼ活性により、連結部分で新たに合成されたDNAが除去され、見かけ上連結部分でDNA合成が停止しているのに対して、Polεを用いた場合は、連結部分でDNAを合成することなく停止している。
2、1の反応にPolδとFen1を用いると、連結部分で開裂されたDNAがFen1により除去される。
3、環状一本鎖DNAと5’側をリン酸化したプライマーからなる鋳型DNAにPolδとLigaseを加えると、DNAが合成、連結されて閉じた環状2本鎖DNAが合成され、その効率はFen1を加えることで上昇するが、Polδの代わりにPolεを用いた場合は、閉じた環状2本鎖DNAが合成される効率はPolδに比べて低く、Fen1を加えることによる効率の上昇は観察されない。
これらの結果はPolδがラギング鎖上で機能しているポリメラーゼである可能性をさらに高めるものであった。ひいてはPolαとPolδがラギング鎖を、Polεがリーディング鎖を合成しているという杉野教授の3ポリメラーゼ説をさらに裏付けるものであり、生化学的手法を巧みに駆使した素晴らしい実験データと合わせて非常に興味深いものであった。セミナー後、Burgers教授は当研究室のメンバーと夕食をともにしながら歓談され、翌日帰国の途に着かれた。